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決断力は引き算!確率思考の戦略論でサイコパスを賞賛してみる

この記事を書いた人:
水元英登(みずもと ひでと)
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継続課金型コミュニティ設計・管理

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私の身の回りの経営者や個人事業主の人たちは必ず過去のどこかで決断力を発揮しています。今日の話は、なかなか決めてくれない上司にイライラした経験を持つ人にこそ読んで欲しい記事です。

 

ここでの決断力とは、正しい判断で意思決定できる力のことで、ただ直感で右左に振り分けられる勇気のことではありません。

 

信長も秀吉も家康もみんなサイコパス

みなさんは今期のNHK大河ドラマ「真田丸」って見てますか?

www.nhk.or.jp

 

あ、別にNHKが好きなわけじゃないので、見てなくて全然構いません。戦国時代ものの映像作品の例として最適かと思って例に挙げただけです。

画面のこちら側の外野としては、「あ〜何でそこでガツンと言わないんだよ〜」とか、「おいおい、籠城しても兵糧がないだろう!(城に立てこもって守っていても、食料が尽きて負ける)」とか、歴史上の結果を知っているので好きなことが言えます。

 

普段私たちは自分の目から見えた景色しか信頼できません。自分の目に見えたものが判断材料のすべてとなります。

1つの事象が起こる時に、いろんな人の視点といろんな角度から見ることで「こんな風になってるから、そうなっちゃうのね」ということが見えるので、映像作品は勉強になります。

テレビで見ているように、これだけの判断材料が得られれば正しい意思決定ができそうなものです。

 

ドラマとして人物をわかりやすく演出していることを割り引いても、天下を獲った豊臣秀吉も徳川家康も間違いなくサイコパスだったということがわかります。

 

サイコパス性とは、感情的葛藤や人間関係のしがらみなどに迷うことなく、目的に対して純粋に正しい行動を取れる性質のこと

引用:「確率思考の戦略論」森岡毅・著

つまり

感情が意志決定の邪魔にならない性質

引用:「確率思考の戦略論」森岡毅・著

 

サイコパスとは暴力的かどうかとは関係のない言葉で、私たちがとっさに思い浮かべてしまう冷酷非情な凶悪連続殺人犯みたいなモデルは「暴力的なサイコパス」です。

暴力的でないサイコパスも当然存在していて、サイコパス性はあるかないかではなくて、強い弱いの程度の問題というのが研究者の見解です。ある程度を越えるとサイコパスです。

これ、かなり興味深くないですか!

 

この時点で背中に冷たいものを感じた人は経営者や武将としての素質があるでしょう。そうです。今日論じたいのは、サイコパス最強説です。

 

ん?ちょっと待て。決断力とサイコパスの関連は?

ちょっと補足しておきます。 

① 決断力 = 正しい判断で意思決定できる力

② 正しい判断とは、目的達成の確率が高い方を選ぶこと

③ 意思決定に感情はいらない

④ サイコパスは感情に意思決定を左右されることはない

 

こういう流れです。

 

現状維持を悪として吊るし上げるのは無理

割合の話をすると、サイコパスを嫌う人が圧倒的多数派です。ほとんどの人はサイコパスではありません。多くの人は、現状維持を好みます。それが普通です。

決断か、現状維持か。と比べた時に 50 : 50 の二択だとイメージしてしまったらその時点で試合終了ですよ

 

私たち地球上の生物はみんな、面倒なことや負荷のかかることを避けるようにプログラムされています。誰に?神ですかね。

独自の判断というのは、大変に高度な仕事です。こんなきつい仕事をできるだけ避けるというのは、生物として正常に働いているということが言えます。

つまり、いろんなハードルを乗り越えてやっとたどり着く0.1%が決断であって、どこかの段階で逃げた先に流れ着く99.9%が現状維持というイメージがより正しいのです。

 

人間は正しい意思決定をすることよりも、判断を迫られるストレスから逃げることを優先します。これが普通です。

現状維持決定の理由づけは後からいくらでもできます。

 

このような理由から人間はサイコパスとそれ以外とに分けることができます。

サイコパスは自分の正しいと信じる行動を取るためには手段を選びません(そのようなことをするのに情緒的な葛藤がない)。

当駅始発の電車で扉が開くと同時に列を崩して走り出すサラリーマンが座ることができるのと同じです。座れる人とそれを見ているだけの人。

 

国際スポーツはニュースになるのでわかりやすいですね。

自国の選手が勝てない時に、ルール自体を自国に有利なように変えようとするのが正にサイコパス性です。(そんな大会に国をあげて盛り上がるのはかなり疑問)

敵は目的そのものに純粋にこだわり、どうやったら勝てるのかを必死に脳から汗が出るくらい一生懸命に考えているわけです。

 

繰り返しになりますが、特に日本ではサイコパスが好かれることは今後も含めてないでしょう。自分の生活に変化を持ち込む邪魔者を避けたいのが普通だからです。

サイコパスは絶対に勝てない厄介な敵だから。それでいて、自分もサイコパスの側に回りたくないのです。疲れるから。

 

ですから、なかなか決めてくれない上司にイライラしたとしても無駄なんです。そもそも他人に期待することが間違っているのです。現状維持が普通なのですから。

 

超長期的に未来を見れば、お互いにとぼけあってタイタニックが沈むまで仲良くしていくのが人間という存在です。

それは、難攻不落の大阪城に立てこもって食料が尽きるまで敵の刀や矢を避けるのと同じ。マンガ「進撃の巨人」のように、壁の中で自給自足をして、外の世界について興味を持つことをタブーとするのと同じ。

人間が問題を感じながら解決できなかったテーマというのは、いつの時代も同じなんです。

 

人生も確率で決まっている

成功するためには、純粋に「成功する確率が高い戦略を見つけられるか?そしてそれを選べるか?」ということ。

引用:「確率思考の戦略論」森岡毅・著 

「さすがにそこまでやったらえげつないから、この程度にしておこう」などと

自分の意思決定に感情が入り込んでしまい、ちょっとでも妥協したらどうなるかを考えると結構怖いですよ。

 

ダーツというゲームがありますよね。あのゲームは人間がやることだから、どんなに練習したとしてもどんな上級者だったとしてもハズすものです。当てる確率が高まっていくだけで絶対はないからゲームとして成り立っています。

でも、生き方とか働き方は本人にとってハズしたらとんでもない目に合うわけですが、こちらも確率によって成り立っています

せめて中心点を狙わせて欲しいと思いませんか?妥協によって、ちょっとずれた点を狙ってしまっては、それこそ当たるわけがない!の世界です。

 

でも、他人の反対があったり、ちょっとした善悪の迷いがあると、せっかく計算し尽くした考えをアッサリ変えてしまうのも人間です。

 

成功には代償を伴う それが心だったのです

意思決定に感情が入り込んでしまうというのは日常茶飯事です。

そもそも人間の心など弱いのです。

 

弱い心に負けない方法は、映画「スターウォーズ」に出てくるジェダイが教えてくれます。彼らは正義の味方としては描かれていません。悪を追い詰める警察みたいな存在です。

そして、偉そうにしていますが、彼らも普通の弱い心を持った人間です。

なのでジェダイは自分たちを掟で縛っています。「心を持たないこと」人を愛することさえ禁じているのはそのためです。

 

ジェダイの目指す理想の形とは、サイコパスなのです。

 

決断力とは心の弱い自分から感情を抜き取る引き算のことだったのです。

 

引用:

 

 

いかがでしたか?

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